《広角レンズ》ヤマザクラ「市の宝」 市民が認知、地域に一体感 桜川市の専門課10年 茨城
茨城県桜川市の「ヤマザクラ課」が10年目に入った。古来「西の吉野、東の桜川」と並び称される同市のヤマザクラを後世に継承するため、市が2017年に日本初の専門課として設置。これ以降、老齢化などで危機に陥ったヤマザクラの調査保全や育成に加え、市民意識の醸成に力を尽くしてきた。千年の歴史を持つ「市の宝」を未来へつなぐ思いは徐々に広がり、市全体に一体感が生まれつつある。
■桜守会が講座
「以前は地元の人ですらヤマザクラに関心がなかったが、ほかの地区にも認知が広がってきた」
地元の団体「サクラサク里プロジェクト」の渡辺雄司代表(61)は4月上旬、桜川磯部稲村神社で開かれた市主催の「桜守養成講座」で、多くの受講生を見ながら目を細めた。
渡辺さんなど地元有志は元々、神社とともに観光客へのガイドや保全活動をしていたが、活動は旧岩瀬地区にとどまっていた。平成の大合併で誕生した桜川市は市の売りとして真壁のひなまつりや石に加え、ヤマザクラも専門課を作って本格的にてこ入れした。
市は養成講座に加え、県立真壁高と官学連携協定を締結し、生徒が樹木医の指導の下で樹木診断を行う取り組みを開始。市内全小学校児童も種まきや移植に取り組むなど、市全体で多様な取り組みを続けてきた。
■55万本が自生
桜川市のヤマザクラは平安時代に紀貫之が歌に詠み、室町時代に幽玄能の大家・世阿弥作の謡曲「桜川」の舞台となった。水戸光圀も同神社を度々訪れ、持ち帰って偕楽園前の小川に移植し「桜川」と名付けたほど。磯部桜川公園から同神社に広がるヤマザクラは1924年に国指定名勝、74年に国指定天然記念物に指定された。
市内には約55万本のヤマザクラが自生するとされる。自生種のヤマザクラは遺伝子が一本一本異なり、開花時期も異なるため、山々をパッチワークのように彩る美しさがある。ただ、老齢化による枯死のほか、昨年初めて市内で発見された天敵の特定外来生物「クビアカツヤカミキリ」の存在など課題も多い。
■地道にこつこつ
2年目となる養成講座で、参加者は実際のヤマザクラを見て歩き、市職員や地元有志の解説員から花弁の付き方や開花時期などが異なるさまざまな品種を学んだ。市内から参加した鈴木秀子さん(65)は「本当にすてきで、ヤマザクラは桜川市の宝。皆さんのヤマザクラに懸ける思いも伝わってきた」と語った。
同神社の磯部亮(まこと)さん(69)は「ヤマザクラ課ができて地元の理解も進み、集客が増えた。国指定のため管理を自由にできない課題も、市が入ってやりやすくなった」と話す。
ヤマザクラ課の鶴見健太郎課長(49)は「子どもたちがヤマザクラを自慢できるように、地道にこつこつと地域への支援を続けたい」と話し、クビアカツヤカミキリについては「早急に薬剤散布などで被害を防ぎ、死守したい」と意気込みを示した。










