2018年12月13日(木)

【論説】大嘗祭訴訟 この機に議論と模索を

来年4月30日の天皇陛下退位と翌日の新天皇即位に伴う「即位の礼」「大嘗祭(だいじょうさい)」など一連の儀式を巡り、市民やキリスト教、仏教関係者が政教分離を定める憲法に反するとして国に損害賠償と公金の支出差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。新憲法下で初めての平成の代替わりについても各地で違憲訴訟が相次ぎ、議論を呼んだ。

政府は平成の代替わりについて「現行憲法下で十分な検討が行われた上で挙行された」とし、来年の儀式の考え方や内容は「前例踏襲」とすることを決めた。ただ平成の儀式は、天皇の神格化を進めた明治時代に施行され、戦後廃止された皇室の法令にほぼ倣ったとされ、象徴天皇制にそぐわないとの声は根強い。

そんな中、秋篠宮さまが先月末、53歳の誕生日を前に記者会見で憲法との兼ね合いを念頭に、宗教色が強い大嘗祭は皇室の公的活動費である「宮廷費」ではなく、私的経費の「内廷費」で賄うべきだと発言された。政府は「殿下ご自身の考えを述べられた」とし、国費支出の方針を変更することはないと強調した。

とはいえ、代替わり後に皇位継承順1位の「皇嗣(こうし)」となる秋篠宮さまの発言と今回の訴訟が相まって違憲論争を再燃させないかとの懸念はくすぶる。今の憲法の下で代替わりの儀式はどうあるべきか。この機に、国民的な議論により模索してみる必要があるだろう。

政府方針のよりどころは政教分離を巡る二つの最高裁判決。津市立体育館の神式起工式に公費を支出したのは政教分離に反すると住民が訴えた津地鎮祭訴訟で1977年7月、行事の目的や効果を考慮し、特定の宗教との関わりに行き過ぎがなければ許されるとの判断基準を示した。「目的効果基準」と呼ばれる。これを適用し、2002年7月に大分県知事らが公費で大嘗祭に参列したのは政教分離に反するかが争われた訴訟で「参列は社会的儀礼で、宗教との関わり合いの程度は限度を超えていない」とし、合憲と判断した。

ただ大嘗祭そのものへの公費支出が合憲かは判断していない。そこで注目されるのが、1995年3月の大阪高裁判決だ。市民千人余が即位の礼と大嘗祭への国費支出差し止めや違憲性確認などを求めた訴訟の控訴審判決で大阪高裁はいずれの請求も退けたが、一連の儀式について実質的な憲法判断に踏み込んだ。

大嘗祭について「神道儀式の性格を有することは明白。宮廷費で執行したことは目的効果基準に照らしても、政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概に否定できない」と指摘。即位の礼にも同様に疑義があるとし「天皇が主権者の代表である首相を見下ろす位置で『お言葉』を発するなど、現憲法の国民主権原則の趣旨にふさわしくないと思われる点が存在する」と述べた。

原告側は上告せず、判決は確定している。今回の提訴も、これを踏まえてのものだ。一方、政府は一部の儀式について陛下の「簡素化」の意向を受けて招待者の絞り込みを検討したり、憲法との整合性から工夫したりしているが、大嘗祭などの宗教色については保守派への配慮もあり、議論を怠ってきたといえる。さまざまな考え方があり、簡単に結論は出ないだろうが、できるだけ多くの人の理解を得る努力を惜しんではならない。

2018 年
 12 月 14 日 (金)

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