2016年9月27日(火)

【論説】稀勢の里出直し 「夢は切り開ける」を胸に

大関稀勢の里は秋場所10勝5敗に終わり、念願の初優勝、横綱昇進は振り出しに戻った。応援してきた県民にとっては残念な結果となってしまったが、何より悔しいのは稀勢の里自身であろう。大関としては他大関より安定した強さを見せてきただけに、無念さを引きずらず、心身共に鍛え直して前に向って進んでもらいたい。

稀勢の里はこれまでも何度か横綱のチャンスをつかんできた。肝心な場面や序盤に取りこぼすことが多く、それが優勝や横綱への大きな壁となってきた。ハートの弱さ、そして取り組みでは腰高が指摘されてきた。

そうした不安を払拭(ふっしょく)するがごとく、このところ強さと安定感が増し、2場所続けて13勝2敗の成績を上げ「一皮むけた」との声が相次いだ。県民ばかりではない、国民の大きな期待が高まる中、綱とりとなった先場所は取りこぼしが最後まで響いて12勝3敗に終わり、待望の賜杯を手にすることはできなかった。

毎場所、綱とりというプレッシャーの中で戦っていくのは大変であろう。引き続き綱とりとなった今場所は稀勢の里の悪い面が出てしまった。序盤で2敗を喫し、早々に優勝戦線から離脱。カド番ながら白星を重ね、全勝優勝を飾った豪栄道とは気迫の違いを見せつけられた。同じ30歳。大関昇進は2年以上も稀勢の里の方が早い。悔しさもより大きなものがあったに違いない。

稀勢の里は決して弱い大関ではない。2012年1月場所に大関昇進して以来、29場所の通算成績は306勝129敗。勝率は7割。1場所15日制になって以降の歴代大関ではトップの成績という。既に優勝を経験している現在の他3大関よりはかなりの好成績を収めている。故に多くのファンが次のステップを期待するのだが、最後の壁が分厚いのである。今場所は白鵬が休場していただけに、好機をものにする勝負強さをぜひ身に付けてもらいたい。

稀勢の里は1986年7月3日生まれで、牛久市出身。龍ケ崎市立長山中時代は野球部に所属し、エースで4番だった。相撲好きの父親の影響もあって小学生時代から相撲に親しんでおり、2002年春場所に15歳で初土俵を踏んだ。「進学する話もあったが、3年間を無駄にしたくなかった。ただ強くなりたい」。その一心で自ら望んで角界入りしたという。

昨年12月に母校の長山中を訪れた際は、生徒たちに基本的な稽古の大切さを説き、「苦しいときも我慢辛抱して自分の決めた道を進んでほしい」と訴えた。さらに相撲は人生の縮図とした上で、「ここ一番で迷うこともあると思うが、基本に戻れば夢は切り開ける」とも語った。

稀勢の里が大相撲界に身を置いて15年目となる。既に「名大関」であることは間違いない。遅咲きでも大輪の花を咲かせることはできる。迷わず、稽古を重ねて、悔しさをバネに一回りも二回りも大きくなって、来場所からまた土俵で大暴れしてほしいと願う。

郷土力士としては、武双山、雅山などこれまでも実力者を輩出してきたが、残念ながら横綱には届かなかった。本県出身の横綱は江戸期からこれまで3人いる。稀勢の里にはまだまだ初優勝と綱とりのチャンスがある。ファンの期待以上に自分の夢をぜひ切り開いてもらいたい。

2016 年
 9 月 27 日 (火)

メニュー
投稿・読者参加
サービス