【論説】首相3カ国訪問 新興国重視の外交力磨け

岸田文雄首相が訪問先のブラジルでルラ大統領と会談し、アマゾンの森林保護など世界的な気候変動対策で協力する方針を確認した。経済連携や脱炭素社会実現に向けた共同声明も発表した。

ブラジルはアジア、アフリカ、中南米の新興国や発展途上国から成る「グローバルサウス」の一角。インドと並ぶ筆頭格であり、国際社会で存在感を増している。

欧米列強から植民地支配を受けた歴史を踏まえ、先進国主導の国際秩序に必ずしもくみせず、中国、ロシアとの経済関係や軍事協力を重視するケースが目立っている。

首相はグローバルサウス諸国との関係を深め、覇権主義的行動を取る中国やロシアをけん制したい考えだが、米国追従と見透かされれば信頼醸成はおぼつかない。日本の得意分野を生かし独自の外交力を磨く必要がある。

シンクタンクの試算によると、2050年にはグローバルサウス全体の国内総生産(GDP)は米国や中国を上回り、人口は世界の3分の2を占めるまでに膨張する。日米欧は、グローバルサウスが中ロの草刈り場になることを懸念。他方、自由や民主主義といった「普遍的価値」を前面に出す米国流アプローチは反感を買いかねない。

そこに日本の出番があるというのが、就任後初の中南米訪問に臨んだ岸田首相の狙いだった。

共同声明には「法の支配に基づく国際秩序の維持」という日本側が最低限求めていたキーワードは盛り込まれた。しかし、軍拡を続ける中国や、ウクライナ侵攻中のロシアを名指しで批判する記述はなかった。

ブラジルは今年の20カ国・地域(G20)議長国を務める。中国、ロシア、インド、南アフリカとつくる新興5カ国(BRICS)の枠組みを重視している。中国は最大の貿易相手国であり、ロシアからは最近、軽油の輸入を急増させている。

首相は今回40社を超す日本企業幹部を同行させ、ルラ政権が望む貿易投資の拡大を図った。日米欧との距離を縮めようとしたが壁は厚く、南米の大国のしたたかさを見せつけられた。

首脳外交が一筋縄でいかないのは周知の事実だ。日本は長期的視野に立ち、グローバルサウスへの働きかけを重層的に継続していくべきだろう。

首相はブラジル訪問後、隣国のパラグアイを訪ね、経済関係強化を進める考えで一致。両国に先立って訪れたフランスでは、経済協力開発機構(OECD)へのインドネシア加盟を後押しした。実現すれば東南アジアで初の加盟国になる。

並行して今回の連休中に上川陽子外相をアフリカやアジアの5カ国へ派遣。首相と外相が手分けしてグローバルサウス対策に幅広く布石を打った格好だ。一連の外交展開は一定程度、理にかなったものといえる。

首相は4月の日米首脳会談で同盟深化を高らかに宣言し、防衛力強化に前のめりな姿勢を見せた。だが防衛と外交は車の両輪だ。片方だけ先走っても国際社会でうまく立ち回ることはできない。

外交に近道はない。環境や防災、食料、先端技術、エネルギーなど相手国と利害が一致し互恵関係を築きやすい分野から一つ一つ成果を積み上げる努力が求められよう。