【論説】経済安保の新法 透明な運用で権利守れ

経済安全保障に関連した機密情報に接する資格を審査する新法が成立した。企業の技術者や研究者らが対象になる。

国際的な共同研究や技術開発の協力に必要とされるが、民間で働く技術者と家族の身辺を政府が調査することへの不安は消えていない。

想定される調査や審査内容は衆参両院の審議でもあいまいなままだった。政府は運用基準について「新法が成立してから閣議で決める」とし、具体的な説明を拒んだ。

人権や知る権利に懸念があるにもかかわらず、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党は賛成票を投じ、国会審議の形骸化を印象付けた。疑問に答えないまま新法を成立させた政府は、国民の権利を軽視しているのではないか。人権を尊重し、透明性のある運用をすることが欠かせない。

政府が保有する機密情報を取り扱う資格を定めたのが新法の「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」だ。防衛や外交に関しては、2014年に施行された特定秘密保護法に同様の仕組みがあり、公務員を中心に適用されている。

新たな制度は企業の社員や技術者、研究者を主な対象とし、政府が一元的に審査。適性評価を受けるのは数千人に上る見通しという。

新法を巡る懸念は主に二つある。一つは政府が調査する個人情報の内容だ。家族の国籍、本人の犯罪や懲戒歴、薬物乱用、精神疾患、飲酒の節度、経済状況などが身辺調査の項目とされている。

調査には本人の同意が必要とされるが、拒否した場合に、会社での処遇や異動に不利益が生じないか。社員に不当な対応をした企業には、是正を求める必要がある。

もう一つは、機密に指定される情報の範囲がはっきりしないことだ。半導体や人工知能(AI)、サイバー防御などの先端技術が中心とみられるが、いたずらに対象を広げれば、国民の知る権利を損ないかねない。

経済や技術をめぐる情報は多くの研究者や技術者の目に触れることによって、進化する。一方で、半導体の先端製品や高感度センサーなどは、民生用と軍事の両面に使われる可能性がある。本当に保護する必要がある機密と、公開できる情報の線引きは簡単ではない。

民主主義陣営と強権主義国家の対立が深まり、北東アジアの緊張も続いている。経済安全保障の重要性が高まっているのは確かだが、プライバシーや知る権利をないがしろにする仕組みであってはならない。

これから必要なのは、新法によって生まれた制度の透明性を高めていくことだ。運用基準を決める前に政府が実施する意見公募はそのための機会になる。

衆院の審議で、適性評価の運用状況を国会に報告する条項が加えられた。当然のことだ。技術者らが審査に疑問を抱いた時の苦情申し立てや、再審査などの手続きを明確にしてほしい。

企業から見れば、機密保護を求めてきた外国企業との共同開発や事業提携がやりやすくなるメリットがある。実利を求めるあまり、本来守るべき権利が侵害される事態は避けねばならない。

大量の個人情報を政府が把握できるようにする法律だ。新制度を軌道に乗せるには、透明な運用によって国民の理解を得ることが欠かせない。