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小田城跡、新たな防御遺構確認 つくば市教委、戦国時代に造成

本年度の発掘調査が行われた堀跡の現場=つくば市小田
本年度の発掘調査が行われた堀跡の現場=つくば市小田


つくば市教育委員会は4日、国指定史跡「小田城跡」(同市小田)で進めている発掘調査の成果を報道陣に公開した。本年度は本丸跡南西に位置するエリアが調査対象で、堀に囲まれた曲(くる)輪(わ)と呼ばれる区画で新たな土塁跡が見つかるなど、防御機能を高めていたことがあらためて確認された。市教委は「この地域の覇権を争った戦国時代の緊迫した様子が読み取れる」と話している。


小田城跡は、鎌倉時代から常陸国南部に勢力を持った小田氏の居城跡。広さは東西500メートル、南北600メートル。戦国時代後期には小田城を舞台にした激しい攻防や争奪戦が繰り返され、関ケ原の合戦後、廃城となった。

市教委は2004年度から5カ年で本丸跡の発掘調査を実施。現在は来年度完成を目指し、本丸跡を歴史公園にする工事を進めている。一方、周辺の発掘調査にも乗り出しており、本年度は本丸から南西100メートルに位置する曲輪跡周辺約500平方メートルを調査した。

今回新たに発見された土塁跡は幅約10メートルで、曲輪の中を分けるような形で配置されていた。城内の防御機能を高めるため、区画したとみられている。

また、別の土塁跡を調べたところ、幅を8メートルから12メートルに造り替えていたことが判明。堀跡についても防衛の工夫がみられ、構造は堀の底にさらに複数の穴を掘る「障子堀」という造り。

障子堀跡の深さは城外側が3メートル、城内側は深い部分でさらに1・2メートル掘り下げられ、敵が簡単に渡れないようになっていた。

いずれの防御遺構も戦国時代に造られ、市教委の飯塚守人主事は「小田城は平城のため、もともと守りが弱かった。城を守るための努力の跡がうかがえる」と話した。

市教委では一般市民向け現地説明会を6日午前10時半と午後1時半に開催する。問い合わせは市文化財課(電)029(883)1111。 (今橋憲正)



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