【この地を飛んで 戦後75年 戦争遺構を行く】 (2) 《この地を飛んで 戦後75年 戦争遺構を行く》霞ケ浦海軍航空隊(阿見町) 70機収容の格納庫
1923年に建造された鉄骨レンガ造りの格納庫群跡。茨城県における海軍航空隊の歴史の原点がここにある。農機大手、井関農機の茨城センター(阿見町阿見)敷地内には、霞ケ浦海軍航空隊が使った中央格納庫が今も残る。
同隊は全国3番目の海軍航空隊として1922年に発足。空の要衝として「東洋一の飛行場」と称された。基地の中心にある中央格納庫には、練習機や攻撃機など約70機を収容していた記録が残っている。
戦後、さまざまな企業が同所に進出。朝鮮戦争で使った小銃弾を生産した過去もある。現在は井関農機の敷地となり、格納庫はトラクターの車両整備や製品保管のための倉庫として使われている。