《連載:鉄路の明日 水郡線90年》(中) 通学や観光 貴重な足 補助、駅接続交通確保も 茨城
「水郡線で大子まで来て、駅前から各方面に向かうバスはいつもぎゅうぎゅう詰めだった」
公共交通の中継基地となっていた茨城県大子町大子のJR水郡線常陸大子駅前で「大成(たいせい)食堂」を営む磯君子さん(76)は、改札を出てくる乗客らのにぎわいを思い返す。60年間店で働きながら、駅前の変遷を見つめてきた。
朝、水戸方面から来て、町中心部の高台にあった高校に通う教員や生徒、下り列車で福島県棚倉方面から来て、魚やバナナなどを積んだ籠を背負った行商の女性。「ここで降りて休憩してから、バスで商いに馬頭方面へと向かっていった」と回顧する。
人々の移動手段は鉄道から車へ。紅葉の時期や、季節の催しが開かれる日はにぎわう駅前も、普段は人通りも少ない。
駅前通りの近くに住む大金祐介さん(31)は毎日、水郡線で常陸大子駅から同県水戸市の水戸駅まで行き、バスを利用して通勤する。
実家を離れた大学時代を除き、水郡線の乗車歴は約12年。勤務先は時差出勤が可能なため、時間をずらし、始発の次に早い午前5時41分発の列車に乗り込む。
大金さんは大学で近代史を学び、町の歴史資料調査研究員も務める。水郡線誘致運動に奔走した「大子実業団」の一人、大金仙之介を先祖に持つ。
今年1月、町内で開かれた「水郡線マイレール意識醸成シンポジウム」では、「水郡線の歴史」について発表。11月、町教委が実施した「ふるさと歴史講座」でも水郡線誘致運動の歴史を解説した。
駅前には全線開通に尽力した根本正の胸像が立つ。大金さんは「先人が苦労を重ねて全線開通にこぎ着けた。歴史の重みを忘れず、守り続けたい」と語る。
同県常陸太田市から水郡線で水戸市内の中高一貫校に通う諏訪美桜利(みおり)さん(14)も「学校に行くための唯一の交通手段。伝統ある水郡線を今後も残してほしい」と願う。
大子町では水郡線利用の際、高校生への通学費補助や帰省客への割引などを実施する。公共交通のバスに加え、乗り合い・AI(人工知能)タクシーやカーシェアなど、駅からの2次交通手段の確保や、待合所の機能を持つ交流拠点施設の開設など、利便性の向上を図る。
「イベント来場者やハイキング客なども目立つようになり、鉄道を利用した来客も徐々に増えている」と同町まちづくり課長の斎藤弘也さん。
町の観光にも水郡線は欠かせない。駅前整備を進め、特別列車の運行など企画の効果に手応えを得ながら、町観光商工課長の田那辺孝さんは「山に包まれ、橋を渡りながら川を見下ろす車窓からの眺めは格別。水郡線に乗ってもらうこと自体が観光になる」と期待を寄せる。