《連載:防災いばらき 未来へつなぐ 3.11震災15年》プロローグ(上) 「あの日」の命、力強く 助け合い 自分がバトン
東日本大震災から間もなく15年。地震や風水害など自然災害が頻発化・激甚化している。被災の記憶を風化させず、教訓として次世代につないでいくために、地域の課題を探る。
懐中電灯のわずかな光が、産声を上げる娘の顔を照らし出す。「無事でよかった」。余震の危険を知らせる緊急地震速報の警報音が鳴り響く中、生まれたわが子を抱き締めた。
「あの日」から間もなく15年。「動物が好きな優しい子に育ってくれた」。茨城県下妻市の平間志穂さん(46)は、愛犬と触れ合う次女、菫さん(14)の姿に目を細める。
菫さんたっての希望で平間家は現在、ハムスター2匹と、ポメラニアンの「まろん」、ミックス犬の「ちゃちゃまる」と共に暮らしている。新しい家族を守る側へと成長した。
ペットたちの世話やしつけは菫さんが自ら勉強。地震が起きると真っ先にペットの元に駆け付け、一緒に避難できるようにしている。「大人になったらトリマーになりたい」。動物と関わる仕事が将来の夢だ。
2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生した。直後に志穂さんに陣痛がきた。
すぐに夫と市内の病院に駆け込んだが、停電で院内の明かりは懐中電灯のみ。ベッドのリクライニングも動かず、座布団で背もたれをつくり、高さを調整しながらの出産となり、約5時間後に菫さんが生まれた。志穂さんは「停電の中、先生も看護師さんも尽力してくれた」と感謝する。
菫さんにとって「3.11」は誕生日だが、学校で黙とうをささげる日でもある。幼い頃、誕生日を不思議な思いで過ごすこともあったが、今は自分なりに受け止めている。「災害が起きたとき、周りの人が困っていたら助けたい」
厚生労働省によると、震災が起きた日に生まれた子は全国で3034人。間もなく15歳になり、中学卒業という節目を迎える。
誕生日が近づくと、いつもテレビで津波の映像が流れた。「自分が生まれた時の状況を知りたい」。同県北茨城市の加藤木訊(じん)さん(14)は、母の智春さん(49)に度々尋ねた。
震災が起きたのは、訊さんが生まれてから約11時間後のことだった。市内の沿岸部は津波にのまれ、国道6号はがれきと泥が散乱。翌日に病院を退院した智春さんは、夫とともに回り道して帰宅した。
当時は東京電力福島第1原発事故による放射線の影響も心配だった。「生まれたばかりの子どもに被害を与えるわけにはいかない。育てていくのに必死だった」と振り返る。
訊さんは病気や大きなけがもなく、力強く育ってくれた。中学に入ってから身長が急に伸び、174センチまで成長。卓球部に入って練習に熱中した。「すごく楽しい。激しい攻防や読み合いを制したときは達成感がある」と笑顔を見せる。
生まれたばかりの頃、ミルクやオムツなど全国からの支援物資に助けられた。親戚や近所の人にも支えてもらった。そんな智春さんの経験を聞き、抱いた思いがある。「人を思いやれる人間になりたい」。助け合いのバトンを、今度は自分がつなぐ。











