《連載:防災いばらき 未来へつなぐ 3.11震災15年》プロローグ(下) 復興の思い 重なる海
■苦難越え、にぎわい戻る
海から戻ってきた釣り船が、港の中をさっそうと駆け抜ける。心なしか、誇らしげに。
昨年12月、茨城県北茨城市平潟町の平潟漁港。帰港した「長孝丸」から下船した男性客が、重たげにクーラーボックスを運ぶ。
ふたを開くと、ヒラメやマダイ。満杯の海の幸に「すげえ」「クーラーボックス買い換えろ」と祝福の声が飛ぶ。すぐそばでは、ヒラマサを手に女性客の笑顔がはじける。
この日は、9人が福島県や同市から訪れ、貸し切った。会社の釣り仲間らという佐藤輝吉さん(58)は、釣り歴40年のベテラン。温暖化の影響か、「釣れる魚がだいぶ変わった」と実感を込める。
「うちはお客さんに恵まれている」。にぎやかに釣果を語らう客を前に、船長の山田長寛(ちょうひろ)さん(69)が目を細める。
息子と二人三脚の親子船。その営みを一瞬、諦めかけた「あの日」から間もなく15年になる。
2011年3月11日、東日本大震災が発生。町は6.7メートルの津波に襲われ、平潟漁港も濁流にのまれた。
山田さんは次男の宜紀(よしのり)さん(40)と船で沖に避難していた。津波が白波を立て、福島県内の火力発電所に押し寄せる様子が見えた。不安を抱えたまま、海で一夜を明かした。
港に帰ろうとしたが、堤防近くの海水が渦巻いていた。ようやく戻れたのは翌12日の昼ごろ。岸壁や道路は破壊され、漁網が散乱していた。
片付けに追われていた時、携帯電話が鳴った。福島県の釣り客から「早く逃げた方がいいぞ」と促された。東京電力福島第1原発の原子炉建屋が水素爆発したと知った。
「もう終わりだ」。借金して船のエンジンを積み替えたばかりなのに。瞬く間に未曽有の惨事が重なり、頭を抱えた。
しばらくして再開にこぎ着けた親子船。苦難を乗り越え、何とかにぎわいを取り戻した。
同原発の処理水に不安は残る。それでも釣り客の姿が船に戻り、復興の思いを共に重ねる。
北茨城市出身の本田修一さん(42)も常連客の一人だ。昨年12月上旬、福島県いわき市から訪れ、「きょうはアマダイ。まあ、ぼちぼち」と釣果にはにかんだ。
海に出るたび、復興は進んだと実感する。ただ心の中には、くすぶるものがある。
北茨城市大津町に祖母がかつて暮らした一軒家があった。津波で扉や窓をぶち抜かれた。解体され、土地は売りに出したが、買い手は現れない。「よくばあちゃんちに行き、友達と釣りをした」と懐かしむ。
長孝丸を支える宜紀さんは、明るい接客で場を和ませる。「みんな遊びに来ているから、冗談交じりに面白おかしく話す。堅苦しい話はなし」と爽やかに笑う。
「このまま順調に、平和にいけばいい」。穏やかな日々に、喜びをかみしめる。
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