《連載:防災いばらき 未来へつなぐ 3.11震災15年》第1部(4) 原子力行政を担った 山田広次さん
■福島第1事故対応で混乱 訓練重ね、課題を修正し続ける
「今でも原発の動きは気になりますね」
昨年末、茨城県東海村の豊岡海岸。元県庁職員の山田広次さん(74)=同県大子町=は、日本原子力発電(原電)東海第2原発や日本原子力研究開発機構の施設を遠目に見ながらつぶやいた。
1973年の県庁入庁以来、原子力安全対策課長を務めるなど約30年間にわたって原子力行政に携わり、県内原子力施設の安全対策を担った。
旧動燃アスファルト固化処理施設で起きた97年の火災爆発事故や、核燃料加工会社ジェー・シー・オーによる99年の臨界事故…。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が起きた2011年3月は県生活環境部参事兼危機管理室長だった。定年退職まで残り1カ月。「4月からは少しゆっくりできる」。そう思っていた矢先だった。
福島第1原発1号機が水素爆発を起こしたのは、震災翌日の12日午後3時36分。その瞬間を、県庁6階にある原子力安全対策課の端末から見ていた。災害対策本部事務局次長として、隣の部屋で震災対応に当たっていたさなかだった。
あまりの衝撃に言葉が出なかった。だが、すぐに頭をよぎった。「大量の放射性物質が放出される」
被ばくの有無を検査する場所の設置や人員確保など福島県からの避難者受け入れのほか、農作物など食品の放射線検査や県内全域の土壌の放射線検査…。東海第2は当時、津波で3台ある非常用発電機のうち1台が使用不能となっていた。その状況を確認しながらの対応に忙殺された。
隣県といえど福島第1は県外の施設。情報を集めるのに困難を極めた。それでも97、99年の二つの原子力事故で学んだ「情報は自ら取りに行く」という危機管理の鉄則が生きた。
経済産業省や原子力安全・保安院(当時)など国の幹部らと連絡を取り、現状把握や各種対策に努めた。
あの1カ月は「混乱の極みだった」。震災の影響で退職時期は半月延びた。4月15日に辞令を受け取り、災害対策本部を離れた。
あの日から間もなく15年。全国で原発の再稼働が相次ぐ。
2024年末から25年にかけて福島第1と同じ沸騰水型の東北電力女川2号機(宮城県)、中国電力島根2号機(島根県)が再稼働し、営業運転を再開した。
さらに、再稼働を巡り東電柏崎刈羽6号機(新潟県)では地元同意手続きが終わった。北海道電力泊3号機も道知事が同意した。
「運転技術は継承されているのか。人材育成は」。これまで運転していなかったことへの懸念はある。
東海第2も再稼働を目指し、原電が安全対策工事を進めている。事故やトラブルを繰り返さないために必要なことは何か。
「安全対策をどれだけ取ってもリスクはゼロにならない。事業者も行政も、事故に備えた訓練や体制整備を重ねて課題を見つけ、修正し続けることが重要だ」
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