《連載:防災いばらき 未来へつなぐ 3.11震災15年》第2部(2) 子どもの姿 まちに力 液状化の潮来、対策完了
波打つ道路。傾く電柱。浮き上がるマンホール-。東日本大震災で液状化被害に見舞われた茨城県潮来市日の出地区。今は車を走らせても段差にハンドルを取られることはない。幹線道路の電線は地中化され、夜は街灯が歩道を照らす。大雨による浸水もなくなった。
2013年に始まった市の対策工事は16年に完了した。「安全で住みやすいまちになった」。代表区長の吉川秀樹さん(62)は実感を込める。
市が採用した工法は、専用の排水管を埋設し、地下水位を下げて地盤を強化するもの。集めた水はポンプで河川に流す。総事業費約170億円は全て国の補助を活用した。
工事は住民同意を得て始まったが、舗装が剥がされた路面は砂ぼこりが舞い、生活上の不便は続いた。
吉川さんの自宅も約75センチ沈下。傾きはわずかだったが、敷地が道路より低くなった。下水本管の工事が終わるまで約3年、家庭からの排水を流すのにポンプを使わざるを得なかった。
昨年度、専用排水管の清掃や点検などにかかった費用は約940万円。管の耐用年数に明確な規定はないが、市は「定期点検とメンテナンスで長寿命化を図り、将来的な更新に備え状態を監視する」としている。
地区の中央に立地する認定こども園「慈母学園」。地震当日は卒園式を翌日に控えた午前保育で、保護者の迎えが遅くなる約20人が残っていた。園舎は傾き、教室に水が入り込んだ。園児と教職員は被害が少ないホール棟に避難。床に体操用マットを敷き、カーテンにくるまり夜を明かした。
理事長の橋本隆さん(76)は翌朝、市役所に出向いて訴えた。「親たちが後片付けをする時に、子どもを預ける場所が必要だ」。約3キロ離れた旧市立幼稚園の園舎を借りて保育を再開。「間借り」は園舎再建の12年秋まで続いた。
被災直後は水道や電気が使えないことから一時的に地区を離れる人もいた。当時、市立日の出中PTA会長だった吉川さんは「このまま誰も住まないまちになるのでは」と不安を感じた。だからこそ学校が再開し多くの生徒が戻ってきた時の感動は大きかった。
橋本さんも当初「頑張ってもう一度ここに住もうとは言えなかった」と明かす。それでも、子どもを通じて親たちが仲を深める姿に「地域交流の出発点。まちは子どもを通して形成されている」と語る。
地震翌日に卒園式を迎えるはずだった園児たちは昨年度、20歳になった。橋本さんは職員らと一緒に手紙をしたためた。「震災の後もコロナや戦争があって大変な時代。『頑張れよ』と伝えたかった」。元園児からは夢に向かって努力する様子など、近況を知らせる返信が寄せられた。
「地元に戻らなくても、心のどこかで潮来のことを思ってくれれば。故郷の友達が困っていたら力になってほしい」。未来へ羽ばたく背中に温かなまなざしを向けた。
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