《連載:防災いばらき 未来へつなぐ 3.11震災15年》第2部(4) 需要増す「常磐もの」 福島沖、自粛続く県漁船
夜明け前に出た漁船が続々と帰ってきた。茨城県北茨城市の大津漁港が活気づく。
大津漁協の副組合長で「治栄丸」(4.9トン)の伊藤治さん(54)は妻の理恵さん(53)と共に、イワシの幼魚「カエリ」約500キロを水揚げした。「狙ったシラスではなかったが、しばらくぶりの豊漁」と声を弾ませる。新鮮なうちに入札にかけられ、地元業者が買い付けた。
茨城県と福島県境の沖合は親潮と黒潮が交差する豊かな海域だ。水揚げされる魚は質が良く「常磐もの」と呼ばれ、東京の市場関係者から高い評価を受ける。漁協では2月から試験操業が始まり、春シラス漁の本格シーズンを迎える。
「価格は震災前よりも高くなっている」。直近2~3年は東海や関西地方が不漁で、常磐ものの需要が増し、価格が上がっている。
2011年3月11日の東日本大震災。大津地区には約5メートルの津波が押し寄せた。漁港の岸壁は崩れ、漁協の建屋は1階天井まで津波にのまれた。福島第1原発事故の影響もあり、漁は長らく休業に追い込まれた。
こうした中、12年8月から試験操業が始まった。翌13年5月には本格的に漁を再開。インフラ整備も進み、市場と漁協が入る施設や防潮堤も完成した。
ただ、23年8月に処理水の放出が始まり、復興に水を差した。それでも漁師たちは歩みを進めた。
漁協によると、水揚げ量は震災前の5~6割、金額ベースで7~8割まで回復している。
震災の影響は色濃く残る。茨城県と福島県の漁船が県境をまたいで互いに操業する「相互入会(いりあい)漁業」は15年たつ今も再開のめどが立たない。茨城沿海地区漁業協同組合連合会と福島県漁業協同組合連合会によると、入会漁業は原発事故後に自粛。21年春以降、再開に向けた協議が続く。
「生活はできるけど、(福島県沖に)入れるなら入りたい。選択肢が広がる」
県境は大津漁港からわずか数キロ。伊藤さんは震災前、入会漁業でシラスなどを取っていた。障害物が少ない上、入り江で魚が集まりやすく「良い漁場だった」と懐かしむ。「今、どれだけ魚がいるのか」と思いをはせる。
漁協によると、震災前のシラス水揚げは7~8割が福島県沖だった。現在稼働する25隻の小型船が大津沖から高萩沖に集中するため「競争が激しくなっている」(伊藤さん)。
漁師の多くは漁業補償を得ているが、経営の安定には入会漁業が必須だ。震災と原発事故を機に引退したり、家業を継がせることを諦めたりした人もいる。伊藤さん自身も「自分の代で終わり。震災が後押しになった」と話す。
漁協の坂本善則専務理事は「水揚げ量が震災前に戻らないのは、(福島県沖に)入れないのが一番大きい」と語る。「計画を策定し、漁業者の所得向上に取り組んでいる。今後も漁業の底上げ、振興を図っていきたい」と先を見据えた。
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